北条早雲子孫のお城?伊豆長浜城は軍艦も泊められる山城。(沼津市)

長浜城跡へ行ってきました。私自身はあまりお城に詳しくない(日本史苦手)のですが、少しでも沼津のお城跡に来てくださる方の力になれるように、頑張って解説しますよ!

沼津 長浜城跡入り口
天守閣はありませんが、戦国時代の終わりに北条早雲の子孫(5代目)北条氏直(うじなお)のころ、築かれたお城といわれています。

国指定遺跡 長浜城跡

昭和63年5月13日に、国指定遺跡に指定されました。


お城が築かれたのは、1579年(天正7年)。

この辺りを治めていたのは北条氏(北条早雲の子孫)です。(鎌倉時代に活躍した「北条氏」と区別するために「後北条氏」とも呼ばれます。)

北条早雲(そううん)は、駿河の国の今川氏のもめ事を収めたことで、沼津市根古屋にある興国寺城の城主となりました。そこから勢力を広げ、3代目の氏康(うじやす)のころには、関東の西半分までを支配しました。 

しかし、5代目の氏直(うじなお)の時代に、甲斐(山梨県)の武田氏が駿河へ攻めてきます。武田勝頼によって築城された三枚橋城をにらむような形で、内浦湾をはさみ、武田水軍との戦いに備えて、北条氏の水軍の拠点として作られました。天気のいい日には、沼津駅前の三枚橋城の方まで、くっきりと見渡すことのできるお城です。

しかし、1590年(天正18年)、豊臣秀吉の水軍の攻撃により、土侍が敗走、一度も戦うことなく廃城になったそうです。


北緯35.0177421 東経138.8892211
↑ウィキペディアと違いますが、車で来る方の参考になればと思い、駐車場のあたりのGPSを元にしています。
緯度経度で指定

このあたりは、岬と入江が複雑に入り組んだ地形をしています。背後には高い山々。周りの海の水深は深く、軍艦を泊めるのに最適だったと言われています。


沼津 長浜城 模型 北条氏のお城の特徴の一つが、「L字」型のお城なのだそうです。「L」の上のとがった部分は、海の方に突き出しています。

沼津 長浜城 模型1 昔は、もっと内側の方?まで海だったようです。


「長浜城」については、いろいろな方のサイトを見てみると、発掘中のものや整備中のものが結構あるのですが、現在は綺麗に整備されています。説明の看板もきちんと用意され、足もともだいぶ歩きやすくなっています。ときどき階段が歪んでいるところもありますが・・・歩行には問題ないです。お子様連れでも十分歩けると思います。

沼津 長浜城トイレ トイレもこんなにきれいです。

歩いてみた

長浜城は、「水軍」の拠点と、「山城」の二つの要素を持った珍しいお城といわれています。

お城の周りの海は深く、軍艦を泊められるようになっています。通常「水軍」のお城は、海の中の島に作られるのですが、長浜城は完全な島ではなく、陸と続いています。そのため、背後から攻められたときのために、「山城」にもなっています。

緯度経度で指定


沼津 長浜城 模型2
上の模型状にふった数字はそれぞれ、「第1曲輪」「第2曲輪」「第3曲輪」「第4曲輪」を表しています。「曲輪(くるわ)」というのは、山の土を削ったり盛ったりして平らにした部分のことです。そして、曲輪の陸側の部分には、さらに土を盛り、土塁を作っています。


さあ、ようやく上りますよ!
沼津 長浜城跡入り口

三本の杭

階段を上っていくとわかれ道が。

左へ行くと第4曲輪。こちらは、小さくて看板が立っているだけです。

右へ行くと第2曲輪と第3曲輪の分かれ道があるのですが、その手前に杭が本立っています。

沼津 長浜城1


この分かれ道へ続く道はその昔、敵の侵入を防ぐため堀になっており、3本の杭が「跳ね橋」になっていたようです。
沼津 長浜城1跳ね橋 3本の杭の奥に分かれ道があるのですが、「跳ね橋」が使われていたころは、第3曲輪から跳ね橋を通って第2曲輪へ行くようになっていたんですね。

その後、この堀が埋められて道になります。
沼津 長浜城1門 跳ね橋のあったところには、3本の杭のうちの1本を利用して「虎口(こぐち)」が作られます。

第3曲輪(くるわ)

分かれ道を右へ行くと弁天社。

沼津 長浜城2弁天
弁天社の陸側(写真左側)は盛り上がっていて、「第3曲輪」になっています。

第2曲輪(くるわ)

分かれ道を左へ行くと、第2曲輪です。ここが一番広くなっています。

沼津 長浜城3
ここでは、約180基の穴が発見され、掘立小屋の建物が建ち、何度か位置をずらしながら建て替えられていたと考えられています。この小屋は、兵舎や食料庫として使われていたようです。


第1曲輪は、一段上がっているのですが、第1曲輪に行くには、やぐらを通るしかありません。

沼津 長浜城3-2櫓
やぐらの横には、大きな堀があります。

安山岩を削って作った堀。

沼津 長浜城3-1
長さ8m、上幅3m、下幅2m、深さ1.6mです。

堀の奥の斜面の部分は、堅堀(たてぼり)という縦長の堀があります。堀と堅堀の間には、畝(堀残し)があり、堅堀を登ってきた敵が容易に第1曲輪に入れないようになっています。

第1曲輪(くるわ)

第1曲輪にも建物の跡があります(木の辺り)。柱と土塁を利用した建物には、軍の指揮官がいて、城兵や水軍に指揮を出していたと考えられています。

沼津 長浜城4
第1曲輪からは、敵城「三枚橋城」を見ることができます。沼津に出入りする軍艦の動きもわかりそうですね。

沼津 長浜城4-2

まとめ

長浜城に天守閣は無く、やぐらと偉い人が指揮を出す小屋があったんですね。

「天守閣がある」って思って行くと少し期待外れかもしれませんが、山の安山岩を削って造られた曲輪や堀、柱を建てるための穴など見所はたくさんありますよ。


道も整備されていて、芝生も敷かれてきれいです。お散歩をするのにもいいかもしれません。ただ、櫓のはしごが急でのぼるのが少し怖かったので、履きなれた靴で行った方が良さそうです。

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